アムステルダム市内で印象に残った光景のひとつ。市内随一のハイブランド通りにあるシャネルの路面店は、この春に改修されたばかりだ。アムステルダムの伝統的なレンガ建築の様式をそのままに、ファサード部分だけ無垢のガラス製レンガに置き換えている。オランダ現代建築の著名事務所MVRDVによる設計で、今年のダッチ・デザイン・アワード建築部門賞などを受賞した話題の建物だ。私も現地在住のデザイナーに「ぜひ見ていって」と言われて足を運んだくちだった。
形は市内にあまたある赤レンガの建物と変わらず、窓の上を浅いアーチにしてレリーフ状に浮かせた積み方も伝統的なスタイルだ。それでいて全く異なる質感をまとったガラスのファサードは、まるでレンガの建物がCGで透明に消えてゆく途中のようにも見える。二階の途中から上が赤レンガに戻る境界が点描状に溶け込んでいるのが、その印象をさらに強調している。
しばし眺めて、あらゆる建物が赤レンガでできているこの街だからこそ、周囲と同形でありながら、次元断層のような限りない異質感を放つこの建物の力強いインパクトが成り立つのだろうとつくづく思った。
そして振り返ったところに立っていたのが、粗末な仮設の標識。工事中につき駐車禁止、らしい。歩道に敷き詰められたレンガを1個だけ起こして、その跡にあいた穴に支柱を立て、起こしたレンガで押さえている。もともと歩道は他のところで見ても、砂を目地にしてレンガをしっかり敷き詰めただけなので、簡単な操作だ。
よく言えばスマート、悪く言えばいいかげんな設置で、大丈夫なのかとも思うが、人通りの多い中でつまづく人もおらず、問題なく機能している。これもまた、レンガに囲まれて生きてきた街なりの、軽やかなレンガ遣いだと感心させられた。それが話題のガラスレンガ建築の真ん前にあるのがひときわ面白い。