実務としてのエスノグラフィは「調査しただけ」では終わらない。クライアントなり自社なりの組織を動かし、状況を変えるには、観察から得たインサイトを、他人に伝えることが不可欠だ(エスノグラファーが自ら未来を変える動きを起こそう、と呼びかけるスピーカーもいて喝采を受けていたが、その場合はなおさら周囲を巻き込むコミュニケーションが不可欠だろう)。

そんな中、文学のテクニックに目をつけた発表があった。タイトルにScreenplay, Novel and Poemとある。*
その目的は、エスノグラフィから得られる情報の深みと厚みを強化・顕在化することによって、量を強みとする定量調査とは異なる力を発揮し、また定量データとの組み合わせによる相乗効果を生み出すことにある。そのために、長い年月をかけて磨かれてきた言葉の世界にならってみよう、という趣向だ。

screenplay=脚本からは、舞台設定、小道具、会話のシナリオ、アクション、タイムラインといった枠組みを借りて、訪問インタビューなどフィールドワークの流れを計画する。novel=小説からは登場人物の描写、プロットと物語の起伏、語り口などストーリーテリングの視点を借りて、フィールドワークを記録し共有する。そしてpoem=詩からは、研ぎ澄まされた短い言葉に凝縮された意味を込める技と、比喩の技術に学んで、エッセンスを印象的に伝えるプレゼンテーションに活用し、ひとり歩きしてもアクションにつながる力のある言葉を送り出す。

文学からエスノグラフィへの援用は先行例があると認めつつ、発表者自身が実務を行う中で(具体的にはたとえば、キッチンのリフォームにかかわる30件の訪問観察から)自然発生的に生まれてきた発想でもあると言う。
ほとんどテキストのみの地味なプレゼンテーションながら、実務家として共感を呼ぶ言葉で語られたチャーミングなコミュニケーションとして印象に残った。

*Screenplay, Novel, and Poem: The Value of Borrowing from Three Literary Genres to Frame our Thinking as We Gather, Analyze, and Elevate Evidence in Applied Ethnographic Work (Maria Cury & Michele Chang-McGrath, ReD Associates)